格差社会

小池昌代さんの「馬足街」を読んだ時も、京極夏彦さんの「むかし塚」を読んだ時も、小学校時代の同級生であるK子ちゃんのことを思い出しました。

6年間クラスは同じでしたが、一度も話をしたことはなく、そもそもクラスメイトと会話していたのを見たことがありません。

バス通学で北大の西側から来る一団の中のひとりで、その中では笑ったり話したりしているのを見て驚いたほどです。

困るのは何かの折に同じ班になってしまうことで、「居る」からには役割を振らなければならず、振ったところで決して実行してくれないので、一旦振ってから再分担し直すという難易度が高い作業が必要になります。

笑うこともありましたが声は出さず、ニコニコではなくニヤニヤ、笑うより嗤う感じ(´・ω・`)

1クラスの人数も多かったので、他にも一切声を出さない子どももいたし、好かれてはいませんでしたが苛められてもいない存在でした。

先生は・・・どうなのかあ・・・居ないものとしていた風でした。

何かの折に、K子ちゃんはサムライ部落に住んでいると聞きましたが、歴史の浅い北海道にはいわゆる部落問題はなく(道東ではアイヌ民族差別はあったようです)部落というのは文字通り、町や村以下の小さな集落です。

当時の私たちは昔は侍?その割には何だか・・・と思っていましたが、新参者の両親に聞いてもわかりませんでした。

諸説あるようですが、なぜか北海道の細民集落はどこもサムライ部落と呼ばれていたようで、映画「サムライの子」、石原慎太郎さんの小説「弟」にも登場します。

個人情報などという概念が無かった時代で、クラスの名簿には親の勤務先や役職まで載っていましたが、K子ちゃんだけは卒業アルバムも名前しか記載がありません。


あとから思えばK子ちゃんの家は多分貧乏だったのだろうと思いますが、小学校時代は家庭の貧富のことをあまり意識していなかったし、目立ちにくかったように感じます。

お金持ちの子はピカピカの自転車に乗り、憧れの腕時計をしていましたが、それは遊びの必需品ではなかったので、羨ましく思うことはあっても、無いからといって惨めでもありませんでした。

仲良しの友人の家に行くと、時々洋服屋さんが来ていてオーダーメイドの服を作るために採寸などもしていましたが、その後のブランドのロゴがバッチリ!な服に比べると「密やかな高級品」でした。


今と昔、どちらの格差がひどいのかは一概に言えませんが、昔は昔で厳然とした格差はありました。

ただその格差が子どもの世界で幅をきかせなかった時代だったような気がします。

「40代後半失業 貧乏家族の頑張る記録」ブログを読むとため息が出ますが、今は車があって、小学生からスマホを持ち、最新のゲーム機で遊び、塾や習い事、流行のファッションの全てが揃ってやっと「普通」です。

クラスメイトも50人もいませんからわずかな差も目立ちます。

大人である現在も我が家の貧乏を嘆いてはいますが餓死寸前というわけではありません。

普通のハードルがどんどん高くなり永遠に超えられないジレンマはありますが、子どもとは違って自らが招いたことなので開き直って頑張るしかないね~

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二人の子どもがようやく独立し、学費の支払いから解放されて、ほっと一息。ふと気付いたら老後はすぐそこ。どうしましょうと焦る日々です。

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